うちの旦那②

うちの旦那はよくやってくれる。

だけど的外れ。

 

朝早起きの旦那は早く起きた子供見てくれたりしてくれる。とても助かるのだが、それは旦那のいびきで夜寝られないあたしが起きられないからだ。

狭いアパート。部屋を変えて寝ててもうるさい。

子供達よくねれるよと思いつつ毎日憂鬱な夜を迎えている。

 

洗濯してくれたりよくやってくれる。

 

だが今朝、上の子に野菜炒め作ったよと残して行った。

みたら玉ねぎピーマンハムが大きく切られている。

子供が苦手なものだ。

最近スライサーとかで薄く細かくして食べさせてるの気づかないのかな。

子供食べる。吐く。掃除が増える。

最悪だった。そのあとイライラしかしなくて。

 

旦那一家は悪気がなければいいという考え。

嫌味みたいなことも最後には悪気ないからと言ってくる。

人を傷つけても悪気ないで済ませる人たちだ。

何度傷ついたか。

 

ほんと。もういやだ。こんなことの繰り返し。

一緒に居たくない。でも子供にはお父さんいた方がいいのか。

イライラしかしないからほんと、いなくなって欲しいと本気で思う時が増えてきた。

 

洋服

たまの休日、子供たちが車で寝てしまったとき、旦那に車にいてもらってショッピングモールに1人で出かけたりしています。   

 

たまにの1人時間大切にしています。

でも見るのは旦那の下着や子供の服。

お母さんから旦那の下着だけはきちんとしなさいと言われていた。

何かあった時、突然倒れた時あなたが恥をかくわよと。

なので、一人で買い物していてもそういうものしか見ていない。

 

自分は性別がなんなのかわからない。

女性だけども、旦那と夜の生活もいや。

ノーメイクで歩く。服は授乳服。

よく不倫するとかあるけどそんな体力もない。

誰かに笑顔振りまくなら子供に振りまきたい。

 

いつまでも女性でいるとはなんなんだろう。

着飾ること?美しくいること?

なんなんだー!と思うこの頃でした。

母親

上の子可愛くない症候群なのか。

下の子が生まれてからたまに憎たらしくなることがある。

大好きなのは変わりない。

ふざけるなんて普通なのに詰るように怒り出す。

ここまで心を傷つける母親なんていらないとも思う。

後で後悔するが、やっぱり怒っている。

子供と一緒にいたいと思う。けど怒ってる。自分の方が子供。

 

上の子がいたからもう1人子供欲しいと思えたのに。上の子が大好きだから下の子も愛せているのに。

 

あたしは子供産むまで子供は嫌いだった。

なぜかわからないけど。

結婚願望もなく子供欲しいとも思わなかった。

 

そんなところに来てくれたのに。ひどい態度ばかりしてて。

反省してもすぐ忘れる。

 

大好きって抱きしめていても、一緒に遊んでいても、あたしは許されないくらい怒っている。

文章も締められないくらいひどい母親なんです。

まもなく一歳

おはようございます。

子供を出産してもうすぐ一年経ちます。

 

上の子優先。まったくもってしなかった。

怒ってばかり。叱るんじゃなくて八つ当たり。

いつも脅していた。

虐待だ。ほんと。

あの子はすくすく育つんだろうか。

たしかにかわいいし大事な存在なのにほんとイライラすると止められない。

言葉の暴力。

体罰なくても子供心を傷つけている。

 

だが、ふとした時にママー!大好きー!と来てくれる。

この子がいたから2人目が欲しかったのだ。この子がいたから今がある。

そう気づかされる。

だけども何かふざけるとおこる。

ひどい親だ。

 

親の方が成長しない。

 

赤ちゃんの背中スイッチと呼ばれるものがあるのなら、怒らないスイッチあればずっと押していたい。

うちの父

今週のお題「おとうさん」

 

うちの父は面倒な人だ。

自分は育児なんかしてこなかったであろうに、今になりあたしに育児とはみたいなことを語り出す。隣で母がイライラしているのが、ワンオペ育児をしていたんだろうなあと感じてしまう。

 

うちの父は臆病だ。

あたしは絶叫マシンが大嫌いで姉たちは大好き。絶対にあたししか誘わない。

乗らないというから。

体裁を守るのが一番必死になっている。

 

うちの父はすごい。

一人で働いて娘3人育てるくらいのお金を稼いで、家も建てた。

自分が結婚してそれがすごいことだと今になってわかった。

 

まだまだわからないことはあるが、一年間に5回は家族旅行に行っている私たち家族。

 

大好きとは言えないが、いなくてはいけない人である。

まだまだ孫と遊んでくださいよ。

そんなこんなであっという間に2年

全く書くこと忘れていました。

ほんと。

こんなに時間あったのに。あったのか?

 

まずは妊娠発覚してから、怒涛だった。

まず仕事。妊娠4ヶ月にて配置換え。

辛かった。あからさまに嫌がらせを受けた。

あたしも嫌いな人に対して、こんな時期に話さなきゃいけないのが本当に苦痛でしょうがなかったのだ。なんで今?と何回も言いたかった。

意地悪な人って顔から滲み出てるんだよなー。タバコ吸ってたむろって悪口言って。何が楽しいのかあたしにはわからない。

つわりと重なり、立っていることが辛くなっていった。

そんな中親のガン発覚。

追突事故。

インフル感染。

 

限界を迎えた。赤ちゃんが限界きてるよ。ママって教えてくれたのかもしれない。

切迫早産と言われた。

 

妊娠7ヶ月に入った頃だった。

自宅安静となり、最大のストレスから逃れることができた。

赤ちゃんが今生まれたらと不安ではあったが、休めたことにとても安堵した。

 

それから、何度か入院と言われたが、回避した。

だが、両親が入院やら通院やらでイライラしていた。疲れもあった。子供の不安や、親の不安、姉妹間での不信感。精神的に辛かった。

 

そして36週を迎えたとき、エコーで赤ちゃんのクビに臍帯が絡まっていると言われた。

最悪なことばかり考えていた。

そんな中で親のワガママで怒られたとき、本当に死んでしまえって思った。口に出して言ってしまった。

死ぬのはそっちでいい。新しい命が大切だって。

最低だ。ほんと最低だ。こんなこと思うようなとこに赤ちゃんが来ていいのか。

 

そんなこと考えてると胎動がなくなり、赤ちゃんが生きているのか不安にかられる。

最後の1ヶ月はそんな状態だった。

 

バラバラな文章だが、マタニティの時は人生で一番いろんなことが起きた年であった。